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大西暢夫 写真と言葉

その人らしさに出会う

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写真と言葉 01

萩原 ひとみ

目がぱっちりして、気立てもいい。とてもはっきりした言葉遣いで、自分を解説する意欲がすごい。
生まれは埼玉県大宮市(現・さいたま市)。小学校までは普通の暮らしだったが、中学 2年生の頃に、渋谷区外苑に引っ越した。
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写真と言葉 02

高野 博史

やどかり情報館の奥の部屋から、コンコンコンコンという音が聞こえてくる。
革に打刻印を木槌で叩く音だった。
高野博史さんは、その作業に没頭中だ。
生まれは、羽田空港の近く。
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写真と言葉 03

守屋 進

おっとりしたおとなしい印象の人だった。
昭和 42 年生まれ。
バブルの忙しい時期を経験してきた人だ。
地元の工業高校を卒業し、愛知県江南市にある大手の工作機械メーカーに就職した。
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写真と言葉 04

池田 恭子

「私ね、タバコを吸いながら、居酒屋でワイワイ盛り上がることがとても苦手で、図書館で静かに本を読んでいるタイプなのよ。
大学生の時は、図書館司書になりたい夢を持っていました。でも病気が原因で、何もかもできなくなってしまった。
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写真と言葉 05

湯澤 恒夫

ほぼ同じ時間を生きてきた人と出会うのは、嬉しくもあり、親近感が湧く。
暮らしていたところは違っていても、同じテレビを見て、同じ音楽を聴いて、同じ出来事を感じてきているはずだ。そんな湯澤さんとは、数ヶ月違いの同じ歳だった。
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写真と言葉 06

東 京子

とても話しやすい人だ。よく笑うし、話題が尽きることがないから、会話が弾む。
「私、久留米よ!よかところよ!」と笑った。
僕も、よかところということは知っていた。そのことが、さぞ嬉しかったのだろう。
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大西暢夫さんは,岐阜県出身の写真家・映画監督です.東京綜合写真専門学校を卒業後,写真家・映画監督の本橋成一さんに師事し,1998年よりフリーカメラマンとして活動しています.

これまで,ダムに沈む村,チェルノブイリ原発事故後の村,精神科病棟,伝統産業の職人,農家,アール・ブリュット作家,東日本大震災の被災地など,日本各地,世界各地で,そこに生きる人の姿や暮らしを撮影してきました.

その写真には,目の前にいる1人の人を急いで説明するのではなく,その人が歩んできた時間や,日々の営みを丁寧に受けとめようとするまなざしがあります.

ドキュメンタリー映画『水になった村』,写真絵本『おばあちゃんは木になった』『ぶた にく』『ひき石と24丁のとうふ』,著書『ホハレ峠 ダムに沈んだ徳山村百年の軌跡』など,映画,写真絵本,書籍,新聞・雑誌連載など幅広く活動しています.

今回のWEB写真展「大西暢夫 写真と言葉」では,大西さんが撮影したやどかりの里のメンバーの姿を,写真と言葉とともに紹介しています.

写真・文|大西暢夫

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