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写真と言葉01

萩原ひとみ

目がぱっちりして、気立てもいい。とてもはっきりした言葉遣いで、自分を解説する意欲がすごい。

生まれは埼玉県大宮市(現・さいたま市)。小学校までは普通の暮らしだったが、中学 2年生の頃に、渋谷区外苑に引っ越した。
「両親が離れて暮らしていて、私は母について行きました。今思えば、なぜあんな家賃の高い街に暮らしていたんでしょうね」と笑った。

休日のある日、友達と表参道を歩いていた時、スカウトの人に呼び止められた。
「本当にそんな話があるんだ!?」と聞き返すと、
「そうなんです。私もびっくりしたけど、それがきっかけで、芸能事務所に所属したんです。

幼い時から児童劇団に所属していたので、人前に出ることは慣れていたんです。そんな環境でしたから、芸能界のことは、親も反対しませんでした」

まだ幼い 14 歳。子役でドラマに出演したが、長期ロケが続き、勉強も疎かになりがちだったという。
「とにかく悔しかったのは、京都への修学旅行でした。北海道ロケの仕事が重なってしまい、行けなかったんです。迷ったのですが、勉強もしなきゃなって思って、事務所を辞め
ました」

高校卒業後、美術の専門学校に通い始めた。
「働かなきゃ、食べていけないし、暮らせない!」
両親に頼るという言葉はなく、普通とは違った感覚を持っているような印象だった。

中学生の時から、知らない大人たちに囲まれ、『自立』を覚えた生き方は、野心に溢れていたが、どこか穴の空いた青春時代さえ感じた。
「普通の学生生活に憧れていたんです。ウェイトレスの仕事をしていた時も、同年代の学生たちが盛り上がっている脇で、いらっしゃいませ!って言っていましたからね」と笑っ
た。

16 歳の時、ダンスがしたいと思い、ニューヨークまで単身で行ったり、好奇心はすごいものを感じた。

27 歳のとき、転機がやって来た。
「父親に精神科に連れられ、一ヶ月入院したんです。
退院後は仕事に復帰したり結婚したり、デイケアに通うようになって、やどかりの里とつながりました」

「今はどこへ行きたい?」と聞くと、
「やっぱり京都ですね。大人の修学旅行がしたい!」
満面な笑みを浮かべる話題の尽きない人だった。



 
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