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2021(R3) TOPICS 

  • 執筆者の写真: 宗野 文
    宗野 文
  • 2022年3月31日
  • 読了時間: 3分

更新日:2月21日


活動方針

 誰のいのちも等しく大切にする社会を目指して

 共感者を広げる活動づくり






所報やどかり「はじめに」より オンライン会議や研修などが日常的に行われるようになった.移動や会場の規模などを気にすることなく,パソコンなどの媒体とインターネットが使える環境があれば,誰でも行うことができるため,多くの人たちがさまざまな場面で活用している.


また,スマートフォンの普及により,手軽にさまざまな情報を得ることができるようになっている.


現代では,情報は与えられるものではなく,自分から手に入れるものになってきた.


私たちの暮らしや活動は,社会のありように影響を受け,現在は,「新しい生活様式」を求められている.世界全体が困難な状況にある中,私たちの暮らしやいのちが守られる社会になっているのか,不安を感じずにはいられない1年であった.


日本では,4回目の緊急事態宣言が発令された中で,1年延期された第32回オリンピック競技大会(2020/東京),東京2020パラリンピック競技大会が開催された.


大会には,205か国・地域と難民選手団から選手約1万1,000人が参加し,過去最多の33競技339種目が行われた.


「安心・安全」を打ち出し,世論調査で国民の半数以上が反対であるにもかかわらず,大会は開催された.


出場した選手の活躍には,少なからず感動する場面もあったが,国民の声が反映されなかった政府に対する不信を募らせる結果にもつながった.


一方で,「多様性と強調」をコンセプトに掲げた今大会から,参加する選手に対する規制緩和が行われ,人種差別などに対する全ての抗議行動が認められるようになった.


過去のオリンピック大会では,黒人差別に対する無言の抗議があった.しかし,オリンピックを活用した政治行動だと世界中から批判され,追放された.


「平和の祭典」を謳ったオリンピック大会における差別・偏見の歴史であった.


今大会では,同性愛を告白したアメリカの選手は,表彰台で両腕を頭の上で交差し,「全ての抑圧された人たちが集まる交差点」を表現した.


女子サッカーでは,片方の膝をつける行動で「人種差別への抗議」をアピールした.


世界の人々に向けて,オリンピックという舞台を通じて「人は誰もが平等である」ことを訴えたのだ.誰もが信じることのために立ち上がることができることを示した行動でもあった.


「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合,それは弱くもろい社会である」


国際障害者年(1981年)に関連した国連決議の一節である.この40年で,障害のある人の暮らしはどう変わってきたのか.


暮らしやいのちが守られる社会になっているのか.「withコロナ」を掲げ,経済を止めない政策を進めてく日本の中で,私たちが守らなければいけないもの,目指す社会のありようを多くの人たちと共有し,運動を進めていくことも大切になってくるだろう.


そして,目指す社会の指針として2014年に日本でも批准した「障害者権利条約」がある.


“Nothing About Us Without Us!”


「私たち抜きに私たちのことを決めないで」の言葉は,私たちの活動を進めていく力になっている.


また,「他の者との平等」の実現によって,人は誰もが同じく素晴らしい存在であると実感できる社会になると信じている.


やどかりの里は,1970年に精神障害のある人たちと地域で「ごくあたりまえの生活」を求めて活動を開始した.


その時々の社会情勢の変化に合わせて,活動も少しずつ変化させてきた.そして,関わる人たちの知恵と工夫でピンチをチャンスに変え,現在まで活動を継続してきた.


これからも多くの人たちとともに誰もがあたりまえの暮らしができる社会を目指していきたい.


(所報編集委員会)

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